田淵 正彦(たぶち まさひこ・鳥取県米子市)さん 【連載#55】

激動のサラリーマン人生をリセットし、昨年の夏に生活骨董「昔話」をOPENした田淵さん。
こよなく愛す古物たちに囲まれながら、日々、浪漫飛行中。

生活骨董「昔話」の名物店主。 

【今回の元気人】
生活骨董「昔話」の名物店主。
田淵 正彦(たぶち まさひこ)さん
実は、この店一番の”掘り出し物”。

〒683-0812
米子市角盤町3丁目171-2
宗平ビル2階(若葉学習会前)
電話:0859-27-5041
URL: 田淵さんのブログサイト


むかしむかし・・・、誰かに愛されたお宝は
そこに込められた万感の想いとともに、
人から人へと受け継がれてきた。
親から子へ、子が親になったら、またその子へと。
そして、あのお宝は、今いずこ・・・。

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この夏、めでたく一周年を迎える、一風変わった骨董屋さん。
生活骨董「昔話」の店主、田淵正彦さん。

二人の子をもつ良き父親(自称ちょい悪オヤジ)であり、
抜群のユーモアセンスが弾ける田淵さんのブログは巷で人気急上昇中。

自身を何らかの事情で持ち主の元を離れた骨董たちと買い手を結びつける里親であり、仲人であるという。
そんな田淵さんの魅力に迫るべく、一路、米子に向かった。

 (取材・文章 木村 郁子)

〝昔話〟という空間の魅力

 

暑ッい店内でこ~んなコスプレまで・・。サービス精神旺盛な

暑ッい店内でこ~んなコスプレまで・・。サービス精神旺盛な
ノリノリ田淵さん。
もしも、こんな居酒屋があったなら・・通っちゃいますよ、毎日!

米子産業道路沿いの、とあるビルの2F。
階段を上がると、そこは・・異空間だった。
むき出しの鉄骨天井と時代劇でしかお目にかかれないような品々、そして、笑顔で迎えてくれる田淵さん。

お話を伺ったのは、しっとりとした和の空間。
夏にコタツ、傍らにはレトロなTV。何とも粋な演出だ。

一見ミスマッチだが、これが不思議と落ちつく。あまりに温かく、心地よい空間である。それは、まるで田淵さん自身のよう。
ここの居心地の良さには定評があり、以前にはオヤジが酒&つまみ持参で押しかけてきて、危うく骨董居酒屋になりかけたほど。田淵さんに会いに来るリピーターが多いのも頷ける。

開け放たれた窓から向かいの学習塾が見える。
「いかにも現代的な学習塾」と「怪しげな骨董屋」。
道路を隔てた、この絶妙なコントラスト。仕組んでできることではない。

取扱品は、1980Sモノを中心に豊富なラインナップ。
永遠のヒーローウルトラマン。万博グッズ。マニアにはたまらない昭和レトロ。愛くるしい着物。戦争モノ。食器。古伊万里・・etc。
見ているだけで、癒され、心ときめく。
そこに居るだけで、簡単にバック・トゥ・ザ・昭和できてしまう。

昔話スタイル

 

誰かのヒーローはここで静かに待っている。

誰かのヒーローはここで静かに待っている。
次なる出会いを求めて。

一般的に骨董屋というと素人には敷居が高く、目玉の飛び出るような商品を売買する胡散臭いイメージがつきまとう。だがここは、田淵さんの店だ。

商品の価格は単純明快。店主が自分だったら買えるくらい、そんな金額に設定している。
「ナチュラルにワクワクしながら仕事していると、人・金・モノがシンプルかつ適切なサイクルで回り出す」と楽しげに語る田淵さん。

流れてくる人やモノの縁を信じて、その流れに逆らわない。これが、彼流。
ここに集まってくる仲間は、僧侶からダンサーまで実にユニークな面々。
予定のない休日、ぶらりとカフェにでも行くような気楽さで立ち寄ってみてはどうだろうか。

華麗なる履歴書

 

カワイイ着物の向こうには、コタツ

カワイイ着物の向こうには、コタツ。
昔話deリラックス・イン・タイム♪

半ズボンのポケットに〝古物への情熱〟をいっぱいにつめ込んだロマン溢れる小学生だった。
天性のお笑いセンスでもって、ラジオ番組「タムタムタイム」ではトークもこなした、高校時代。

かのように、学生時代も素敵にブレイクしていた田淵さんだが、職歴も実に賑やかだ。
県外でエンジニア→Uターンして広告会社へ→住宅会社→不動産屋 →そして、家屋設計事務所。その時々で、全力投球だった。

仕事に忙殺されていた広告会社時代。
この時期、田淵家では、家族がどんどんやせていく一方で、本人は日増しに太っていく・・という世にも奇妙なミステリー現象が起きていたらしい。

住宅営業をしている時分には、古く歴史を刻んだ趣のある家を見る事が何よりの愉しみで、家を売ることは二の次だったという。イカした営業マンである。

しかし、このノルマと時間に追われる毎日は次第に彼の神経を蝕んでいった。このままサラリーマンを続けていくのか・・。
苦悩の日々を送った田淵さんは、42歳で独立を決意。
命綱もつけず、清水の舞台から飛び降りた。

今まで積上げてきた人間関係をすべて断ち切って、文字通りゼロからのスタート。
ここから、田淵さんの物語は始まった。

田淵語録

 

四本足で健気に立つ姿が愛くるしい、”あの頃のテレビ”

四本足で健気に立つ姿が愛くるしい、”あの頃のテレビ”

取材中、田淵さんの口から聞かれた、シンプルで熱い発言の数々。

「お金は単なる引換券である」
「お金が欲しいのではない!今日のコメが欲しいのだ。」
「欲を出すと失敗する。好きなことをしてなんとか帳尻の合う今の状態がベストだ。」
「ニセモノを掴まされ、泣き寝入りするお客さんがないように、古物商の資格検定を作るべき」
「この店は、古物を販売するだけでなく、集う場所でもある。だから、この空間を維持して行きたい」

こんなセリフは、酸いも甘いも噛み分けた男にしか発言権を与えない。
どれもこれも、愛とロマンに溢れていた。
自分を心から可愛がってくれる田淵さんと出逢えた骨董も人も、最高に幸せだ。

昔話のつづき

 

こんな風景に癒されて、満たされる。

こんな風景に癒されて、満たされる。

むかしむかし・・・こんな書き出しで始まる物語の最後は、決まって〝おしまい〟か〝めでたし、めでたし〟だった。

昔話の続きが読みたくなったなら、行きつくのは、きっとこんな場所。

どんなに離れていても、どんなに時が経っても、強く想い合う存在とは、必ずまた出逢う。
人もモノも、最後は、その価値を一番わかる人のもとへ辿りつく。

一見、あやしいけれど、一歩、踏み込んでみると素敵な店主が居る、ステキなお店。それが「昔話」だった。

(平成18年6月12日取材)

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