三田村 諭(みたむら さとし・大田市仁摩町)さん【連載#47】
【今回の元気人】
子供ハウスツアーズ株式会社
代表・三田村 諭(みたむら さとし)
1981年12月25日 (24歳)
出身:滋賀県大津市
大学:岐阜聖徳学園大学
外国語学部中国語学科
「島根は過疎地だけぇ、若いもんなんか来んわい…」。
なんて思っていませんか?
おおまちがいですよ。
島根県はいま、若者からすごく注目されているんです。
島根に熱い視線を注いでいる若者のひとり、三田村諭さんは、24歳の若さで「子供ハウスツアーズ」というグリーンツーリズム企画会社の社長に就任しました。
そして、田舎知らずの都会っ子たちに、島根の自然のすばらしさ、故郷のなつかしさを伝えようとしています。
三田村さんの「思い」を聞いてみました。
(取材・文章 高野 朋美)
若者たちが島根で活躍
子ども達に大人気の三田村さん。
世界遺産に推薦された「石見銀山」の里、島根県大田市。
いまここで、若者たちによる「まちおこし」が始まっている。
若者たちのほとんどは、大学を卒業したばかり、あるいは社会人になりたてほやほやの20代前半。田舎と都会を結ぶ新しいビジネスを、自分たちの手で生み出そうとしている。
彼らはいま、同市温泉津町の温泉旅館で若女将修行に励んだり、田舎の良さを活かしたユニークなビジネスにかかわっている。ふつうに就職し、サラリーマンをしていたのでは味わえない「やりがい」「生きがい」を追い求めているからだ。三田村さんもまた、そのひとりだ。
きっかけを作ったのは、市民事業に率先して資金を貸す「市民バンク」の創設者であり、起業家支援でも名をはせている、 片岡勝さん 。三田村さんが島根に来ることになったそもそもの出発点は、片岡さんの本を読んだことだった。去年のことだった。
解雇されてかけられた言葉「よかったね」
島根県にある山あいの農場で、牛とたわむれ、ゆずをゲット。
インターンとは、実習生のこと。
自分でやりたいことを見つけ、仕事にしていけるまで、現場で実際に動きながら学ぶ人だ。
いつもは滋賀県で派遣社員として働き、休日になると、大阪のMOMOに来てインターンとして活動する。そんな日々をこなし始めたときだった。
「ぼく、解雇されたんですよ」。
派遣社員として働き始めて1年後の昨年12月、派遣契約が解除され、三田村さんは期せずして「フリー」の身になった。仕事を失った三田村さんに、MOMOでいっしょに活動する仲間たちは、こう言ったという。
「よかったねって、言われました。クビになったのに、お祝いまでしてもらったんですよ(笑)」。
三田村さんは滋賀県から大阪に引っ越し、本格的にMOMOで活動することにした。
MOMOでは、インターンらに、あれをやれ、これをやれとは言わない。
自分がやりたいことをまず見つけるのが、インターンたちの仕事。
それが見つかれば、みんな自主的に動いていけるからだ。
何か社会の役に立つことをしたい。そう思っていた三田村さんに、いきなりチャンスはおとずれた。
仁摩への旅
大阪に引っ越してきて間もなく、MOMOでは、かねてから島根と大阪、東京などをつないで行っていた「しまね起業家養成講座」で、「とにかく島根に行って、どこがいいのか体験しよう」という企画が持ち上がった。
「しまね起業家養成講座」では、都会人に島根と現住所を行き来する生活をしてもらい、島根に新たな仕事を生んでもらおうという試みをしていた。しかし、島根に行ったことのない大阪在住の人たちには、わざわざ島根に行く意義が分からない。自然が豊かで、海の幸、山の幸に恵まれているという情報はあっても、そこで過ごしたという実体験がない。
ならば行こう、という話が持ち上がり、それに興味を示した大阪在住の「起業家ママ」数人が、12月初旬、島根へのプチツアーを敢行した。三田村さんは、その同行者として島根に向かうことになったのだ。
「三田村君、島根県大田市の住民にならないかって言われて、はい、と答えました。何をするかは、よく分からなかったんですけど(笑)」。
素直な性格の三田村さんは、とりあえず、ママたちとその子ども達を車に載せて、寒風の中国道、雪の米子道を走り、大田市仁摩町にたどり着いた。
深夜。仁摩町に着いたママたちは、夜空を見上げて口々に叫んだ。
「うわ?!星がキレイ?!!感動やわ?」。
三田村さんにとっても、初めての島根県。しかし三田村さんにとっては、島根へ来た、ということよりもむしろ、彼自身の「意外な才能」を見いだせたことが、何よりの収穫だったかもしれない。
子供に大人気
実は三田村さん、車で移動している最中から、子供たちに大人気だった。
「みっちー」と呼ばれ、小学生前の子ども達は、彼にまとわりついてくる。小学高学年の子供たちも、まるで友達のように話しかけてくる。
プチツアーが始まって丸1日も経たないうちに、子ども達を見守り、いっしょに遊ぶ、まるで保育士のような存在になった。
自分を慕ってくれる子供たち。その子ども達が、畑で大根をぬく体験をしたり、地元の寺に泊めてもらい、寺のおばあちゃんと触れ合う姿を見て、三田村さんは「心が震えた」という。
都会っ子は、土に触れる経験が少ない。ましてや畑に自由に入り、野菜を抜くことも、お年寄りと話をしたり触れ合うこともない。田舎ではごく日常のことだが、都市で生まれ、都市で育つ子供たちにとっては刺激的で、とても楽しい体験なのだ。
体をいっぱいに使って、人とコミュニケーションしたり、田舎の大地を駆け回る子ども達を見て、三田村さんは感動した。
「よし、ぼくは子供が好きだ。だから、子ども達の一生の思い出になるような体験を、島根でかなえてあげよう。そして、島根にたくさんいるお年寄りたちには、子供の元気な姿に触れてもらうことで、笑顔になってもらおう。そう決意しました」。
五感で体験できるという幸せ
そんな三田村さんの意欲が買われ、今年2月、彼は、企画への賛同者らが共同出資して創設した「子供ハウスツアーズ株式会社」の社長に就任。住民票を大田市に移し、島根県人となった。
島根の田舎に根をおろし、子供達にさまざまなプログラムを体験してもらう準備を進めるために、忙しく飛び回っている三田村さん。彼はこう言う。
「いまの子供たちは、親の世代に比べて、自然や人とふれあう機会がどんどん少なくなってきていると思います。だから、五感で体験することのすばらしさを知ってほしい。例えば、田んぼや畑で味わえる水の冷たさ、泥の感触、とれたて野菜のみずみずしさ、竹細工の途中に漂ってくる竹のいい香り。田舎にあるあらゆるものを使って、自分で体験し、自分で作るというプログラムを、子供ハウスツアーズで組んでいきたいんです」。
それだけではない。子ども達が田舎に行くことで、過疎地に住むお年寄りたちに活気が生まれる。お年寄り達は、小さな子供といっしょにいる、というだけで、笑顔になり、元気になれる。加えて、お年寄りの持つ昔ながらの遊びや工夫、知恵を、子ども達に伝授することで、生きがいがうまれる。
そういう、子供とお年寄りが、お互いにいままで足りなかったものを補いあえるような「問題解決ネットワーク」を広げていきたい、と三田村さんは計画している。
子供ハウスツアーズは、この春、会社設立後、初めての体験プログラムの受け入れを実施する。
三田村さんの計画が、カタチになりつつある。
「2007年、石見銀山は世界遺産に登録される予定です。そうなれば、世界中から人々が訪れます。いまは子供たちをメインとした受け入れを行う予定ですが、いずれは、世代や国を超えた受け入れを行っていきたいです」。
三田村さんの夢はいま、島根の地で大きく育っている。
平成18年2月取材