松江の老舗醤油蔵『松島屋』の若手後継者 井原 悠さん(松江市)【#連載86】

2011年5月1日
老舗手作り醤油蔵 父に習い、職人に習い、醤油屋跡継ぎの修行は始まったばかり。厳しいことは覚悟のうえだ。
 老舗醤油店『松島屋』の若手後継者 井原 悠さん(松江市)【#連載86】

今回の元気企業

井原 悠さん(昭和62年5月生、23歳)

会社名 松島屋 有限会社
代表取締役 井原 浩之

松江市栄町15-1
TEL 0852-21-4527
FAX 0852-21-4893
メール info*matsushimaya.jp
 (送信時には*を@に変更してください)

ホームページ
http://matsushimaya.jp/

期待の4代目

松江市栄町にある松島屋醤油。

昭和10年から続く伝統ある醤油蔵だ。

いかにも古い建物内部にはいると、ふんわりと醤油の香り。古い大きな樽は何十年もの働きが深く刻まれて堂々と美しい。

たくさんの行程をスムーズにするために、内部には多くの配管が入り組み原料の通り道が作られているのも面白い。

 ぽとっ、ぽとっとゆっくりと絞り出される醤油の音が響き、ゆっくりとした時間が流れる。

その醤油蔵を次の世代に繋ぐ担い手としてこの4月に入社したのが井原悠さん昭和62年5月生まれの24歳。今の社長の長男で、松島屋醤油の4代目となる。

取材に訪れたときは醤油の仕込み作業の真っ最中。慣れない手つきで作業に励む悠さんの姿が実にまぶしく感じられた。

 

YouTubeTM21チャンネル
YouTube動画(TM21TVチャンネル) 
松島屋の紹介ビデオもご覧ください。

 

老舗醤油店『松島屋』の若手後継者 井原 悠さん(松江市)【#連載86】

松江市栄町、松島屋の門構え。古い看板が目を引く。
ぜひ足を運んでみてほしい。

松江の味をこれからも

 2011年現在、島根県内には61の醤油蔵があるそうだ。10年ほど前には80を超える数があったのだが、次々と姿を消している。その大きな理由のひとつは後継者がいないこと。時代に流されじんわりと、なじみの味が失われているのだ。

 松江の醤油は全国的にみるとちょっと変わっている。いわゆる「刺身醤油」はねっとりと濃く、深い甘みのある味わい。醤油は地方の味を知らしめる最も分かりやすい調味料だ。その土地の食材にあわせ、長年愛され研ぎすまされた結晶がそこに存在する。

 松島屋醤油の一升瓶が必ず家にある、という家庭は多いはずだ。しかも、松島屋の醤油は長年松江市の学校給食に使われているという。松江で育った子供は皆この味を食べて大きくなったということだ。そう思うと、この醤油こそ「松江の味」といっても過言ではないかもしれない。

 4代目としての悠さんの存在は、そんな松島屋の味を未来へ繋ぐことを意味している。

 

老舗醤油店『松島屋』の若手後継者 井原 悠さん(松江市)【#連載86】

創業以来70年以上も使い続けている木樽。長年に亘って使用された木桶は、こうぼ菌により、人手による人工的な細工では到底造りだせないその蔵の「味」を造りだす。やはり木の樽が醤油の熟成には良いという。

醤油屋への決意

 悠さんはこの春に大阪の関西外国語大学 英米語学科を卒業したばかり。
 大学3回生の時に就職活動を始めるまで、醤油屋を継ごうなんてほんの少しも考えたことがなかったそう。普通に大学生がするように、よーいスタートでリクルートスーツを着て就職活動を始めた。IT、広告、物流などなど。業種を問わずいろんな就職先を考えたがどこかしっくりこなかった。毎日スーツを着てサラリーマンという未来をどうしても想像できなかったのだそうだ。

 もともと好奇心が強い性格で、型にはまるのが嫌いなタチ。大学で外国語を学んだのも外国の広い世界を知りたかったから。高校生の時には、皆と同じように部活に入るのに抵抗を感じ、自ら友達を集めサッカーチームを結成して社会人に混じりプレーした。

 常識や慣例にとらわれないで自分の道を選び開拓してきた彼にとっては、一般企業に就職し決められた仕事をすることは性に合わないと感じられたのだ。

 自分で考えて自分で動くような仕事がいい。そんなとき、就職先のひとつとして初めて家業である醤油屋で働くことを考え始めたという。
もちろんそこには、ずっと続いてきた醤油蔵を絶やしてはいけないという強い気持ちもあった。

 父親(代表取締役・井原浩之さん)は、悠さんが小さいときからずっと松島屋は自分の代で終わると話していたそうだ。後を継げと言われたことも1度もなかった。地方の小さい醤油蔵の厳しさを一番良く分かっているからこそだろう。

 だから、父親に後を継ぎたいと話したとき、びっくりされたと同時に喜んでくれたのが意外だったという。喜んでくれるなんて夢にも思わなかった。

 醤油屋を継ぐと決心してからは、暇を見つけては松江に帰ってきて修行を始めた。父に習い、職人に習い、醤油屋への道が始まった。厳しい現状は覚悟のうえだ。

老舗醤油店『松島屋』の若手後継者 井原 悠さん(松江市)【#連載86】

醤油熟成中。定期的にかき混ぜ続け、年月を重ねると、黒くサラサラの醤油となる。

跡継ぎとして担うものの重さ

 悠さんの主な仕事は、瓶詰め・掃除・醤油の火入れ・・・など。まだまだ雑用ばかり、何でもやる。体力勝負だ。

 取材日に行われていた仕込みは、大豆・小麦・麹を混ぜたものに塩水を加え発酵させるための樽に流し込む作業。単純作業のうえ、舞い上がる麹との長時間の戦いは結構な重労働だ。でもこの作業も醤油づくりのほんの一部。これから醤油づくりのいろはを修得するのには少なくても10年はかかるという。

 そして4代目としては当然、醤油づくりだけではなく、経営も担うわけだから大変だ。

 「松島屋を今後どのようにしていきたい?」という問いに悠さんは「まずは皆さんに知ってもらいたい」と答えた。

 意外なのだが、松島屋の醤油は広く使われている割に知名度が低い。ラベルを見てはじめて「ここで作っている醤油だったのか」と気づく人も多いそうで・・・実は取材者の私もそうだったのだ・・・。

 もっともっと松島屋を知ってもらい“ここのじゃなきゃだめ”と思ってもらえるように少しづつがんばりたい。と語ってくれた。

 そしてまずは「今」をしっかり知りたいと悠さんは言う。変えてはだめなもの、変えなきゃいけないもの、まずは今をしっかり知り、見極めたい。

 熱い情熱で突っ走るだけではなく、ちゃんと客観性も持ち合わせているのに驚いた。むしろ、若いんだからもっと尖ってもいいんじゃない?と思うほどに(笑)

 「覚悟はあるけど自信はない」と言った悠さんの言葉が胸に響いた。ぽろっとこぼした弱音に、逆に頼もしさを覚えた。
4代目として背負っているものの重さを実感しているのだろう。

 悠さんは、島根の醤油業界全体を下から支えていけたらと語ってくれた。松島屋だけではなく、島根の醤油を、ふるさとのことを想うからこそ目の前の壁は高く、不安にも感じるのだろう。

 松江の小さな醤油蔵から新しい風が吹いている。
 きっとそう遠くない未来に、彼の活躍を見られることだろう。

 老舗醤油店『松島屋』の若手後継者 井原 悠さん(松江市)【#連載86】

松島屋醤油の一升瓶。このマツマのラベルが馴染みの味!!

今回掲載の元気企業データ

法人名 松島屋 有限会社
所在地 島根県松江市栄町15-1
代表 井原 浩之
設立 創業:昭和10年
設立:昭和31年4月
業務 醤油・食酢の製造販売
醤油新JAS認定工場
連絡 TEL 0852-21-4527 
FAX 0852-21-4893
メール info*matsushimaya.jp
(送信時に*を@に変更してください)
ホームページ http://matsushimaya.jp/

 

 

2011年4月22日取材  

取材・記事  久保田 夕  「島根のおいしいブログ」 http://ameblo.jp/yu-shimane/