大谷酒造(株) 杜氏 坂本俊(さかもと とし)さん【連載#60】
(取材・文章 浅野 智之)
【今回の元気企業】
大谷酒造株式会社
杜氏:坂本 俊(さかもと とし)さん
〒689-2352
鳥取県東伯郡琴浦町浦安368
電話 0858-53-0111
FAX 0858-53-0112
HP http://www.takaisami.co.jp/
今年も新酒の季節がやってきた。どこの酒蔵でも仕込みの真っ最中。そんな中、ある酒蔵を訪れた。そこで造られているのは、全国新酒鑑評会(日本酒の出来栄えを競うコンテスト)などで金賞の常連である「鷹勇」。「男の酒」と形容されるように辛口で力強い味だが、フルーティで豊かな香りがあり、飲みやすい。そして、寝かせれば寝かせるほど旨くなる酒である。
そんな高品質の酒、鷹勇を世に送り出している大谷酒造の杜氏、坂本俊さんにお話をうかがった。
酒造り一筋61年
鷹勇を造って61年、杜氏になって50年という坂本杜氏。17歳から大谷酒造で酒造りを始め、77歳になる今日まで酒造り一筋だ。
酒造りに関わろうと思ったのは父親の影響。杜氏をしていた父親へのあこがれもあり、酒造りの世界へ。「酒に飲まれるなら、杜氏になる資格はない!」という父の言葉を胸に刻み、いままで酒に飲まれたことは一度もないという。
坂本杜氏はとても元気な方だ。歩くのがとても速い!蔵人から酒造りのことを相談されても、即答である。表情も実に生き生きとしている。
蔵の中では「おやっさん」と呼ばれている。「おやっさん」とは、杜氏のことを指す言葉であり、親しみも込められている。親しみやすい坂本杜氏にはピッタリの言葉だ。
日本酒の仕込みは11月から始まり、4月まで続く。日本酒発祥の地とされる島根県平田市(現出雲市)在住の坂本杜氏を始め、多くの蔵人は11月から酒蔵に泊まり込んで働く。今はたまに家へ帰ることができるが、移動の主流が汽車だった頃は、一度蔵へ入ると酒の仕込みが終わるまでずっと帰れなかったそうだ。
つまらなかった酒造り
大谷酒造の外観と蔵の入り口にある「杉玉」
酒造りに関わった最初の年は、今でも1月8日という日にちまで覚えているほど印象深い出来事であったようだ。その1月8日、実家を離れ汽車に乗り鳥取の大谷酒造へ蔵入り。一生懸命酒を造ったのだが、つまらなくてしょうがなかった。もうやめてしまって帰りたいと親へ手紙を送るほどであった。
それでも帰してもらえず辛抱強く酒造りを続け、2年、3年と経つうち、酒造りがだんだんわかり始めた。酒造りっておもしろい!奥深い酒造りの魅力に引きつけられた。「もっと勉強したい。そのために、他の酒蔵へ行こう!」そう決断した。
杜氏に
麹の様子を確認する坂本杜氏
ある日、大谷酒造の社長に呼ばれた。このときすでに他の酒蔵へ行くことが決まっていた。「勉強を支援するからここに残って杜氏になってほしい」と言われた。杜氏になるためには、杜氏組合の主催する勉強会へ通い、資格試験に合格する必要がある。この試験を通るのは10人中3~4人程度の狭き門であり、その勉強を始めるのはだいたい30代前半がふつうである。このとき坂本杜氏は20代前半。異例の大抜擢である。社長の熱意に押され、大谷酒造に残ることにした。このおかげで、今の鷹勇があるのだ。
杜氏になるための勉強会へ数年間通い、25歳のとき試験に無事合格した。
品質の証明
杜氏になって初めて作った酒が、鳥取での日本酒の品評会で優勝した。また、次の年も優勝。これが、今までの経験で一番うれしかったことだと、坂本杜氏は話す。自分の造った初めての酒が認められたのだ!以来、坂本杜氏は毎年良い酒を造り、世に送り出している。全国新酒鑑評会でも金賞の常連であり、数多くの品評会でよい成績を収めている。
坂本杜氏は非常に研究熱心でもあり、「自分で造った米で造る酒が一番旨い」と話すほどである。また、後輩の育成にも熱心に取り組み、過去に5人もの杜氏を輩出したり、昔ながらの酒造り法「山廃仕込み」を数十年ぶりに復活させ、技術を伝えたりした。
「黄綬褒章」受章
もろみが発酵していく様子。泡が無くなってくれば出来上がり。
そんなある日、「現代の名工(卓越した技能者)」として厚生労働省から表彰された。平成10年のことである。
また、平成14年には「黄綬褒章」を受章した。黄綬褒章とは、「その道一筋に業務に精励し衆民の模範である方」
(http://www8.cao.go.jp/intro/kunsho/kun_gai.htmlより引用)へ天皇から授与されるという、すごいものだ。出雲杜氏の中で現役最長の杜氏、優れた酒造りの成績、出雲杜氏組合長の経験などが評価されたという。
受章の感想を伺うと、意外な答えが返ってきた。
「毎年、半年間も家を離れていたので、家族が一番大変だったかもしれない。とても迷惑をかけてしまった。」また、先代の社長の話題もあった。先代の社長と坂本杜氏は、先代の社長が生まれてから亡くなられるまでの、非常に長いつきあいだ。先代の社長は大学の醸造科を出た、いわば酒造りの専門家だったが、坂本杜氏の酒造りには一切口出しされなかったそうだ。「酒造りはおやっさんに任せればすべてうまくいく」という考え方。坂本杜氏がいかに信頼されていたのかが分かる。
多くの方に鷹勇を!
今年の抱負は「すばらしい酒を造って、飲む方に感動していただきたい。多くの方に鷹勇の良さを知っていただきたい、そして喜んでいただきたい。」今年の酒は「とびきりの辛口にする!」とのこと。そろそろ現役を引退しようと考えているため、きっと悔いの残らない最高の「鷹勇」を世に送り出すのだろう。また、自身の後継者育成にも苦心しているという。酒造りをしようという人が少ないそうだ。
「あなたにとって酒造りとは?」との問いかけに、「酒造りは僕の趣味です」と答えた坂本杜氏。口数は少なく、自慢話もあまりされない謙虚な方だ。しかし、「おいしい」という言葉には一瞬うれしそうな、照れているようにも見える表情を浮かべる。そして、とても温和な性格だ。そんな坂本杜氏を慕って、蔵を見学する人が毎日のように全国各地から蔵を訪れるという。
芯がしっかりしていて、包容力がある。超一流なのに、どこかシャイな一面もある。鷹勇は、そんな坂本杜氏の人柄が表れている酒である。
会社prifile
社名 |
大谷酒造株式会社 |
代表者 |
大谷 修子 |
住所 |
〒689-2352 鳥取県東伯郡琴浦町浦安368 TEL.0858-53-0111 FAX.0858-53-0112 E-mail kuramoto@takaisami.co.jp |
代表銘柄 |
鷹勇 |
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