【連載#34】二澤 敏郎(にさわ としろう)さん
タイ・ラオスの子どもへそろばんを 伝統工芸品「雲州そろばん」で国際協力
そろばんを送ろう実行委員会責任者
そろばんを送ろう実行委員会では、そろばんの持つ計算力醸成能力を開発途上地域のみなさんに普及することで、地域の自立を支える人材を育成し、貧困撲滅と良好な国際関係の構築に貢献することを目的に様々な活動を行っています。
島根県奥出雲地方。中国山脈を背にする横田町は、日本のそろばんの7割を生産する「そろばん日本一の町」として知られています。
この町でそろばんを活用した国際交流が始まったのは1988年のこと。やがて「そろばんは開発途上地域の教育支援に役立つ」との思いから、交流はタイ東北地域でのそろばん普及指導へと発展。「そろばんを送ろう実行委員会」を結成して活動を続けてきました。昨年からはラオスへも輪を広げています。
横田郵便局局長で、同会の責任者を務める二澤敏郎さんに活動の様子を紹介してもらいました。
(取材・文章 tm-21.com)
そろばんで開発途上地域の教育を支援
横田町はふるさと創生事業を活用して、1988年からニュージーランドや中国などとそろばん交流を始めました。その後、国際協力活動へと発展したのは、国際NGO日本民際交流センターの秋尾晃正代表との出会いが契機になったといいます。
「同センターが行うダルニー奨学金事業に町民有志が取り組みました。この事業は、集めた書損はがきと奨学金をタイ東北部の子どもたちの教育に役立てるというもの。私も郵便局で書損はがき集めに携わりました。この事業のいいところは、支援を受けた子どもから提供者に写真入りのはがきが届くという点。どのように使われたのかが分かります。秋尾代表からは『そろばんは開発途上地域の教育支援に役立つ』とも聞き、そろばんを普及して支援しようということに。それが今日までの活動の原点です」
経済発展を続けるタイの首都バンコク。しかし、農村地域では学びたくても学べない子どもがたくさんいます。開発途上地域の貧困撲滅には、識字率の向上とともに計算能力が必要不可欠です。日本の伝統的教育である「読み書きそろばん」。それに象徴されるそろばんを使って数字を把握し、計算能力を高めることは基礎教育の支援につながるのです。
タイ東北地域へ町民ボランティア派遣
タイ、ワッドラードサッタータム学校の授業風景。現在は横田町で半年間研修を受けた12名の国家的そろばん指導者、タイ国内で研修を受けた学校教師を中心に授業が行われています。
94年、タイ東北地域のロイエット県に町民ボランティアのそろばん指導者ら4人が派遣されました。同県はバンコクから飛行機で1時間、さらに車で2時間。米作を主産業とする農村地帯です。
「そろばん塾の先生らがボランティアを引き受け、ロイエット県の小中学校の教師らと寝食を共にしながら指導が始まりました。以後、一昨年まで12回渡航し、研修会を開催。ゼロからのスタートで、それは苦労の連続。食事や生活習慣の違いにも随分と苦労されたようです。それでもボランティア精神で熱心に指導に当たっていただきました」
ロイエット県で始めたそろばん普及指導は、タイ国教育省の中でタイ国家そろばん委員会が設立されるまでになりました。横田町でも研修生を受け入れ、タイの国家的指導者を育成。小学校教育へそろばんが導入され、横田町で研修を受けた指導者や、タイ国内で研修を受けた教師を中心に授業が行われています。
ラオスへも普及拡大
そろばんの授業を受けるラオスの少女。2004年11月現在、10小学校の小学3年生から5年生1,356名がそろばんを習っています。しかし、現在算盤は400丁しかなく、約1,000丁の算盤が不足しています。
「私も2度、ロイエット県の小学校を訪ねました。日本同様『願いましては…』『御名算』の声に合わせて熱心にやっていましたね。驚いたのは日本よりIT教育が進み、英語は必須科目。ただ、通訳をしてくれた国際交流員はこう言っていました。『タイでは、計算が弱いタイ人に代わって華僑が経済を牛耳っている。それではダメ。小さいころから計算能力を高めるためにはそろばんがいい。パソコンでは計算能力が育たない』と」
そろばんを普及して基礎的な計算力を向上させる。それが地域の自立を支える人材を育成し、貧困撲滅と発展へつながる。実行委員会の使命が実を結び始めました。
昨年からはタイの隣国ラオスの首都ビエンチャンでもそろばん研修を始めました。ラオスでは小学校教育さえ満足に受けられない子どもがたくさんいます。ここでの指導者は、横田町で研修を受けたタイの国家的そろばん指導者。これまで援助を受けていたタイが、これからは援助する側へ。実行委員会でもラオスへ普及拡大するためにさらなる活動を展開していく考えです。
そろばん奨学金へ協力を
一口5,000円の奨学金は、「あなたのお名前を刻印した木製算盤(児童用)1丁」として、そろばん授業を行っている学校に送ります。
「子どもたちはみんな明るくて人懐っこい。目をキラキラさせています。経済的な理由でそろばんを学びたくても学べない子どもにも確実にそろばんを届けたい。しかし、そろばんが足りません。教材用の大きなそろばんも不足しています。そろばん大会も開催したい。今、こうした活動に充てる『そろばん奨学金』への協力をお願いしています」
そろばん奨学金は一口5000円で、提供者の名前を刻印したそろばんを送るというもの。普及活動にも充てる。タイそろばん協会、ラオス国家そろばん委員会がそれらを統括し、提供者に「そろばん奨学金証書」とニュースレターを送るシステムを構築しています。
書損はがきの募集、家庭で眠っているそろばん募集も引き続き行っています。はがきは現金化して奨学金に。97年から始めたそろばん募集では、これまで全国から4万丁ものそろばんが集まり、雲州そろばんの名工が手入れし、タイやラオスへ送っています。機械化が進み長い間会社の倉庫に眠っていたそろばんも、新しい顔で海を渡っていきました。
交流の輪が広がる
そろばんを送ろう実行委員会のホームページ。より詳しいボランティア情報が掲載されています。【H.P.】
地域の伝統工芸品を活用した国際協力に、書損はがきやそろばんの提供、ボランティアとしての渡航、ホームステイの受け入れなど、町民一人ひとりができる範囲で貢献してきました。その活動は島根県民運動として広がり、全国へ。そして、さまざまな活動へ発展しています。
「97年に『そろばんを送ろう実行委員会』が結成され、実質活動しているのは私を含め町内に住む4人のボランティア。縁の下の力持ち的役割ですが、好きでやっているので苦にならない。この活動をきっかけに町内でもさまざまなグループができ、それぞれの立場でタイの人たちとの交流を深めています。私もタイのNGO職員“プーさん”を中心とした『プーさん会』をつくっています。実は、この活動で初めて海外へ行きました。そして、タイにほれちゃいました(笑)。だから、楽しんでやっています」
2005年2月取材