【連載#33】田辺 孝二(たなべ こうじ)さん
【今回の元気人】 田辺さんは昨年7月、経済産業省を51歳で退職。「役所では50歳前後が肩たたきの時期。“天下り”では自分のやりたいことができない。いいきっかけだった」と言います。経済産業省を辞めた1週間後に島根県民ファンドの設立を発表し、運営責任者に。
一方、各地で講演したり、大学で授業も。システム関係の会社も設立しました。多忙な日々の中、月に2回は島根を訪れ、地域発展のために奔走しています。
今年3月、島根県内のベンチャー企業を支援する「島根県民ファンド」が設立されました。
新たなビジネスに挑戦する人や企業に投資し、それを応援する県民ファンドは日本で初めて。
発起人で、運営責任者である田辺孝二さん(東京都在住)の名刺には「島根県の発展を応援します」と書かれています。
「21世紀を創るベンチャー企業とチャレンジ文化が発展のカギ」と話す田辺さんに、県民ファンド設立の経緯や目的などを伺いました。
(取材・文章 tm-21.com)
地域で未来にチャレンジする人を応援
島根県民ファンドは、島根県内のベンチャー企業を対象に投資・応援する島根県民ファンド投資事業組合。今年3月に発足しました。発起人である私と片岡勝さん(島根大学客員教授)が運営責任者で、ごうぎんキャピタル株式会社が事務局。一口10万円の出資者が組合員です。集めた資金で新しいビジネスの創出や地域貢献に値する事業にチャレンジする県内企業を支援し、投資先から配当などの形で収益を得て組合員に分配するのがこの仕組みです。
島根県民ファンドの目的はお金儲けではありません。地域でチャレンジする人を応援することが第一の目的で、資金提供とともに応援団になることです。
ベンチャー企業は資金も足りないが、顧客も経験も人脈もありません。出資者には経験も人脈も豊富な人がたくさんいますから、みんなが応援団になって経営や販売を支援するのです。応援団が存在すれば地域からも期待され、他からの応援も得やすくなります。一方、ベンチャーの活動は地域経済を活性化します。投資先が必ずしも成功するとは限りませんが、地域でチャレンジする人を育てることは地域にとって大きなリターン。応援団には人を育てる重要な役割もあるのです。
島根県民ファンドの組合員は76の個人と1グループ。応援団は100人を超えます。その家族も含めればその数は相当なもの。創業間もない企業にはこういう応援が何よりも大切です。この仕組みは日本で初めて。大規模ベンチャーファンドよりも強力という所以です。
なぜ、島根発なのか?
私は2001年7月から1年間、中国経済産業局長をしていました。02年2月に中国地域産学官連携サミットがあり、そこで中国地域発展のための産学官連携マスタープランを3年計画で作成しました。大学発ベンチャーや新規事業の創出、イノベーションを担う人づくりなどを決めたわけです。ところが志半ばで東京に呼び戻されてしまいました。
島根県民ファンドのアイデアは中国経済産業局長時代に、島根で考えたものです。今、政府にはお金がない。企業も大変。ところが個人はそれなりにお金を持っている。地元でチャレンジする人に個人がお金を出し合って応援し、地域経済を活性化していけたらと考えたのです。
東京に帰って1年後、経済産業省を退職しました。ちょうどそのころ島根では、片岡さんが大学でベンチャービジネス論の講義を始め、それを聞いた学生たちが大変盛り上がっていました。「じゃあ2人でやりましょう」と、島根県民ファンドを立ち上げたわけです。吉川通彦前島根大学学長や古瀬禦中小企業中央会名誉会長ら、このファンドを応援してくれる人が島根にいたことも大きな力になりました。
異質の発想を持つよそ者の役割が重要
私も片岡さんも島根県民ではありません。二人とも「よそ者」です。よそ者だからこそ中立の立場で考えることができるし、気楽に言える。ベンチャーを選ぶにも、他と比較して評価できる。私はよそ者が重要だと考えています。考え方が違うから、一緒にやることで新しいことができるのです。
元気のいい商店街は、昔から商店街にいる人と「よそ者、若者、バカ者」が一緒にやっているところと言われます。違った発想をするよそ者や若者、人の迷惑を考えず一生懸命やるバカ者、こういう異質な考えを受け入れてやっていくことで活気が出てきます。
よそ者は目利きにもなれる。ハングリーである。しかし日本はこれまで、産業も地域もよそ者である大学や外国人、女性、経験者、シニアのパワーをほとんど活用していません。これらを使えばもっと発展するのではないかと思います。
チャレンジ文化のある地域が発展
産官学連携もよそ者との連携だと私は考えます。産業界、大学、行政に今求められているのは自己改革。追いつけ、追い越せ文化を打破し、自ら創ることが必要です。昔と同じことをしていては駄目。人と同じことをするのはナンセンス。
例えば教育分野において、島根で中国語を徹底的に教えれば、一挙に日本一になれるのです。教育だけでなく医療、福祉、環境、まちづくり…行政が地域の声を聞きながらビジョンを描き、一歩先をいく取り組みが重要。すべての行政部門でチャレンジが必要です。
そして、チャレンジする人を評価・応援していく環境を形成する。例えば、地元でできたものをまずは地元で消費するとか、ベンチャー企業経験者を行政が積極的に採用するなど。過去の実績を重視する商取引の慣行も改善する必要があります。
産官学の自己改革。それがチャレンジであり、これをやったところが伸びていきます。島根県民ファンドが島根にできたことは、一つのチャレンジです。
島根県民ファンドの多様な展開
島根県民ファンドはこれまで、あさひ振興株式会社、有限会社tm-21、しまね有機ファーム株式会社に投資しました。今後は大学や高専発の技術への投資もあっていいと考えています。1、2年のうちにあと7社程度投資し、10年経ったところで組合を解散、財産を分配します。
これがうまくいけば、今後は地元の人が中心になって第2、第3の県民ファンドをやってほしいですね。個人が集まって民法上の組合をつくります。自分たちで工夫して市民ファンドや同窓ファンドなどをつくってもいい。それが地域の発展につながっていきます。
ファンドの運営はボランティアです。お金の報酬はありませんが、代わりにネットワークと経験という報酬をたくさんもらっています。楽しいですね。島根でこういうことができてありがたいと思っています。
2004年12月取材